悠々自適でPhilosphiaなスローライフを目指して

日々を,感じ考えるままに書き留めてみる。 世界はどうあがいてもクソだが面白い。

お知らせ:noteへの一部移行について

ご無沙汰しております.最近,鷲田清一ロラン・バルトの随筆に触れて,自分でも書いてみたくなったので,一部"note"に移行しようかな,と思っております.

https://note.com/yuki_kubota

 

(以下,191219更新)

上記のnoteは,週に1度程度,何かテーマを決めてざざっと1時間程度でまとめるための場所にしようと思います.なので,とりあえず取り留めもなく文章が展開されている場所だと暖かい目で見ていただければ幸いです.

その中で,特に書き足りないと思ったテーマは,こちらのブログの方にもまとめていきたいと思います.拙い文章ではありますが,どうぞよろしくお願いします^^

 

Y. Kubota

アメフト観戦のススメ:素人による素人のための観戦の手引き

はじめに:アメフト観戦のススメ

先日,友人に誘われてアメリカンフットボールの関東学生リーグの観戦に行った.アメフトの試合を見るのはこれが初めてだが,ゲームルールの面白さや戦略性の高さに心を惹かれた.

最近はラグビーW杯の日本の躍進以来,ラグビー熱に火がつき「にわかファン」も現れているという*1.しかし,アメフトも同様に「観戦者」として魅力的なスポーツであったので,備忘録も兼ねて「観戦の手引き」としてざっくりとまとめておく.

 

注意事項

「素人による素人のための観戦の手引き」と題した通り,素人目線で解説をしている.アメフトのちゃんとしたルールブックは,NFLなどが詳細に解説しているのでそちらに譲る[https://nfljapan.com/guide/rule].ただ,このルールブック,カタカナが多すぎて最初に見たらかなり難しかった.そこで,できるだけ専門用語を括弧に入れて,イメージと直感で「なんとなく楽しめる」程度のものを書いておこうと思う.

 

ポイント①:攻撃側のやりたいこと=自分の陣地を進める

基本精神は単純明快で「4回の攻撃のうちに10ヤード進めば,次の4回の攻撃権が得られる」という陣取り合戦である.注意したいのは,アメフトは1回の攻撃が30秒〜1分程度で終わり,そこで一旦時計が止まることだ.

攻撃側は,「初期の陣地のライン」が決まったのち,4回の攻撃のうちに,この「陣地のライン」を10ヤード以上進めろというミッションが与えられる.この「陣地のライン」は,押せば進み,守備側が押し返せば戻る,という感じで,攻撃のたびに更新されていく.

1回の攻撃は,「今の陣地のライン」から股を通して後ろ(司令塔:クォーターバックにボールを投げ入れるところから始まる.ボールを受け取った司令塔は,何百の戦略の中から選手の動きやフリースペースを見極めながら,前にボールを投げたり(パスプレー),自身や近くの選手を走らせる(ランプレー)ことで,ボールを前に進める.攻撃は基本的に「ボールを受け取った選手がタックルされた時点」で終了.そこが「新たな陣地のライン」となる.

これを繰り返して,4回のうちに10ヤード以上前に「陣地のライン」が進められれば(ダウン),新たに4回の攻撃権が得られ,「初期の陣地のライン」に更新される例えば2回目にロングパスをして20ヤード進んだ場合は,その20ヤード進んだ地点が「初期の陣地のライン」となり,「4回で10ヤード以上前に進めろ」というミッションの回数部分がリセットされる仕組みになっている.

これを続けて,「陣地のライン」がコート長100ヤードの両端に設けられた「最終防衛線」(エンドライン)を越えたら,タッチダウン陣を進めた側に6点が入り,さらにゴールを決めれば追加で1点が入る.

 こんな感じで戦略を考えながら陣取りを進めていくので,アメフトは止まっている時間が本当に長い.観戦ルールで「15分クオーターで60分」などと書いてあるが,実際は優に2時間かかるスポーツである.

 

ポイント②:試合の流れ(アバウトに)

試合の流れは,「子どもの遊び」の延長として考えられる気がするので,その信念に基づいてルールを超ざっくり解説していく.

(1)試合開始時:缶蹴りからの鬼ごっこ

コイントスによって攻撃側と守備側が決まる.ボールは守備側が「缶蹴り」のように,ボールを攻撃側に向かって蹴り上げる(キックオフ)ところから始まる.このときできるだけ相手(攻撃側)の陣地深くに蹴りこむのがポイント.これを攻撃側がキャッチし,「鬼ごっこ」がごとく守備側を巧みにかわしながら前に進む.最終的に守備側に止められた地点が前述の「初期の陣地のライン」になるので,この「鬼ごっこ」も非常に重要なファクターだ.

(2)攻撃側の攻め込み過程:陣取り合戦

ポイント①で解説済み.4回で攻撃が終えられなそうな場合は(3)へ,点が取れそうな場合は(4)へ.

 

(3)攻めきれない場合:缶蹴り,再び.ときどきギャンブル.

アメフトは4回で10ヤード進むが,4回で10ヤード進みきれないと,その進みきれなかった場所から相手に攻撃権が移ってしまう.例えば,自陣深くでそれをやると,相手にちょっと押し返されるだけで得点を与えてしまうことになる.

なので,相手陣地に攻め込んでいない限りは,3回目までに10ヤード進めなかった場合は,股抜きで後ろにボールを渡した後,(1)と同じように相手陣地深くに蹴りこむことで,「相手の攻め込み位置を下げる」という戦略をとることが定石のようである.

時々「あと2ヤード進めば良い」というような,相手に攻撃権を譲るには惜しい場合がある.こういう場合にはギャンブルとして,4回目も攻撃を続け,陣地の前進を狙うこともある.ただ,進められなかった場合は相手の「初期の陣地のライン」が,自陣に近い位置になってしまうので,まさにギャンブル(賭け)である.

(4)点の取り方 / 取った後:もう一度,陣取りを.

相手陣地まで陣地のラインを押し込めば,タッチダウンとして6点が獲得できる.さらに,ラグビーと同様にもうワンプレーの挑戦権が得られる.ただ,ラグビーと違うのはキックでなく,普通のプレーがもう一つできること.このプレーでキックでゴールポストの間を通過させれば1点(エクストラ・ポイント),再度パスやランでボールを相手陣地に押し込めば2点(ツーポイント・コンバージョン)が入る.ただ通常は,確実に1点を取りに行くためにキックを選択することがほとんどである.

点数を取った後は,攻守が交代し,(1)の缶蹴り(キックオフ)からゲームが再開する.

 

ポイント③:アメフトの見所

(1)司令塔が選ぶ戦略とパス・ランワーク

攻撃の要である司令塔(クォーターバック)は,フィールド上のすべての人の動きを見ながら,どこにパスを出すか,誰を走らせるかを決めて,そこに向けてボールを託す.というのも,アメフトは「前に投げて良いのは各プレイ1回まで」なので,クォーターバックが1回投げたら,それ以降はただひたすらその人が突破するのが基本だからだ.

ボールを司令塔が取るまでは静寂に包まれ,取った瞬間から司令塔を大将とする駆け引きが始まる.オフェンスライン(OL)と呼ばれる人々は,ボールを受け取ることはできないが,守備妨害を許されている.時には,彼らが切り開いた走路をランニングバック(RB)などが,走りきって陣地を進める.あるいは,うまくフリーの位置が作られていると,ワイドレシーバー(WR)と呼ばれるサイドの人にロングパスが投げられ,陣地を大きく進めることができる.

自身がボールを持って相手に切り込む,という形でなく,ボールを持っている人以外もそれぞれ役割が割り振られ,自陣を前に進めるべく奮闘する.そんな自己犠牲の精神がさまざまなドラマを生むのだろう.

(2)逆転劇を生むインターセプト

もう一つ注目したいのは,守備側のインターセプト.文字通り相手の攻撃を「遮る(intercept)」ことである.攻撃側の司令塔がパスを出したとき,守備側の人間がキャッチできたら,攻守が入れ替わり,そこから攻撃を始めることができる.

攻撃側がまだ攻めきれてない段階でインターセプトできたとき.これは,相手陣地深くに切り込んだところから攻撃を始められる大チャンスを生む.あるいは,自分が見た試合でもあったが,あと数ヤードで点が取れる,というところでロングパスを見事にインターセプトし,攻撃を抑えたとき.これも,相手が総力をかけて攻めてきたところを華麗にかわすことができ,その後の自陣の攻め込みの鼓舞になる.インターセプトから始まる逆転劇は,観客席を大いに盛り上げることは必至だろう.

(3)攻撃・守備の専門部隊(パーティ)の躍動

他のスポーツに比べて極めて特徴的なのは,選手の交代がかなり頻繁に行われること.

というのは,学生アメフトなどではベンチ入りの人数が制限されていないため,「攻撃専門部隊」「守備専門部隊」「イベント専門部隊」など,それぞれの場面に合わせて11人の面々が総とっかえされるというのも珍しくないよう.攻守が交代すると,全選手が入れ替わるというなんとも奇妙な光景に遭遇する*2.社会人やプロのアメフトだともう少し制限が厳しいようだが,場面場面に応じたかなり専門性の高いチームが組まれることは変わりないようである.

そして,攻撃専門部隊と守備専門部隊が,それぞれの役割を持って躍動する.攻撃専門部隊は自陣を前に進めること,守備専門部隊は敵陣を前に進めないこと,イベント専門部隊(キックオフなど)は相手陣深くにラインを下げること.選手一人一人が自己犠牲を払うのと同様,部隊ごとに分業し,チーム一丸となって得点を取りに行く,そんな団体競技のよう.あるいは,ソシャゲのイベントパーティ的ともいえるか.

その性質からラグビーと同様に大番狂わせが起きにくく,チームとしての力量によって得点差が露骨に出るようである(観戦した2試合も,リーグ戦で上位のチームがいずれも勝利し,その点数差は「まあそうなりそう」という感の強いものだった).

 

おわりに

ザーッとまとまりなくまとめてきたが,アメフトは中々独特な色を持つスポーツで面白い.学生アメフトだと,1日2ー3試合を1000円ちょっとで見ることができるので,大変リーズナブルなスポーツ観戦である*3.たった1日観戦した身で宣伝するのもアレだが,ぜひお時間があるときに,スポーツ観戦の入り口として,あるいはニュースなどで普段あまり目にしないスポーツとして,観戦しに行ってみるのはいかがだろうか?

*購入窓口は→http://www.kcfa.jp/ticket/

 

*1:これは商業スポーツとして発展させていくなら非常に良いことだろう

*2:ちなみに,自分が見た学生アメフトは,両チームとも選手が1番から80番くらいまで,途切れなく存在しており(つまりベンチメンバーだけで80人以上),監督団も合わせると100人以上.ベンチ横の荷物の量が尋常ではなかった.

*3:スポーツ観戦だと1試合3000-4000円払うイメージがあった自分としては,相当に驚いた.

対話デザインと科学コミュニケーション(2) 〜思想編〜

 

 

はじめに

前編(https://yuuki-philosophia.hatenablog.com/entry/2019/08/03/231413)では,私の今に至るまでの活動経緯を述べてきたが,後編では,UTaTané(https://utatane.github.io/)での「対話デザイン」の活動について,その立ち位置と意義を明確にし,実践例を紹介していくこととする.

 

背景:科学/学問と社会を取り巻くさまざまな問題

科学の歴史は,古くはアリストテレスの生物分類学/解剖学から,近代科学に限定してもケプラーニュートンガリレオらの物理学・天文学から始まる何百年という長い歴史がある.そして,その歴史的発展の過程で客観的かつ普遍的な知識を追い求る方法論を精緻化し,汎用性の高い莫大な知識を生み出してきた.それらは,産業革命以後の近現代社会の発展に大きく貢献している.

しかし,こと「科学と社会の関わり」についてみてみると,暗黙のうちに産業や工業への応用はなされていく一方で,その繋がりが特段取りざたされるようになるのは歴史的には新しい.科学技術社会論(Science, Technology and Society : STS)と呼ばれる「科学と社会/科学の社会性」を探求する分野が1960年代ごろから勃興し,今尚発展を続けている*1.同時に,科学と社会をつなぐ役割としての「科学コミュニケーション(Science Communication : SC)」が広く求められるようになってきた.現在でも,未来館のサイエンスコミュニケーターやJSTのサイエンス・アゴラ,その他多くの学生団体・市民団体により活動が続けられている. 

サイエンスコミュニケーションが何を目指すべきかを考える上で,まずは「科学と社会」において,現状何が問題になっているかを私なりに整理してみる

以下,(1) 社会の分断の危機,(2) 記号消費社会の果てに,(3) 疑似科学との仁義なき戦い,(4) 科学信仰・科学原理主義との望まぬ戦い,(5) 科学/学問への無関心層の増加の5つに分けて概説していく.

 

(1)社会の分断の危機

先日から,あいちトリエンナーレにおける『表現の不自由展・その後』の一連の騒動をめぐり,主催者・政治家・有識者・その他国民を巻き込んだ大きな論争が巻き起こっている.「表現の自由・検閲の禁止(憲法21条)」を根拠に今回の政治的脅迫とも取れる申入れによる中止を問題視する声がある一方,作品の内容がいわゆるヘイトと類似するものであることから,それらを税金で展示すべきではなかったという声も上がっている*2

3日で中止に追い込まれたこの展覧会については,そのタイトルの「表現の不自由」自体以上に「社会の分断」を不気味なほどに可視化してしまったことが印象深い.政治家のTwitterのリプ欄など悲惨なもので,議論に何の進展もなく,ただ自分はこうだ,私はああだと鬱憤を晴らすように言い続け,ただの憂さ晴らしの場所に成り下がっている.

SNSネイティブな層が増えてきた令和の時代,「ブロックによる不快の圏外化」と「リツイート/シェア/ファボによる快の強化」というシステムによって,あるいはAmazonGoogleなどの大量のデータに基づくオススメのシステムによって,私たちは常に「自分にとって心地の良いもの」しか目にすることがなくなってきた.

南後『ひとり空間の都市論』(ちくま新書*3では,孤独のグルメを題材にした序章の中で(少しニュアンスは違うが)「検索可能性」と「遭遇可能性」という言葉を使って,この状況を対比させている.ホットペッパーグルメや食べログなど様々な検索システムによって他者の評価が可視化されることで店の「検索可能性」が強化され,孤独のグルメ井之頭五郎がやっているような,「ふらっと立ち寄る」「通りすがり」の「遭遇可能性」が追いやられている現状を,孤独のグルメを交えてユーモラスに分析している論考である*4

私たちは文字通り「未知との遭遇」を圏外*5に排除し,自分の目の届く範囲には心地よいものしか置かない.従来からそう生きていたはずだが,人間関係が全世界に拡張された今,地球規模でその「快ー不快による選別」が行われ,結果として人間の集合体たる社会が地球規模で分断されていっている.

その分断は「科学と社会」の関わりも例外ではなく,総じて科学者は議論のクラスタから大きく外れ,科学者内でのコミュニケーションに終始しているという(https://twitter.com/AKT_TR/status/1105119541305081856http://www.nikkei-science.com/201904_044.html).(4)の疑似科学や(5)の科学信仰にも関わるが,研究者というオタクがオタクじみた研究をし,その成果の一部が社会に偶発的に還元されていくような閉鎖的なあり方は20世紀初頭はまだそれで十分だったかもしれないが,科学がインフラ化した21世紀において,「科学の閉鎖性」はむしろ分断を助長する一方である.

それを解消しようと,近年では「開かれた科学」というワードが掲げられ,オープンキャンパスや研究室公開・サイエンスコミュニケーション・サイエンスカフェなど様々な試みが行われている.しかし「開き方」に熟慮のない形式的な開放は,「科学は自分に関係ないものだ.科学好きのオタクたちがやっているものだ」と本質的な分断を結局何も解消せず,ただの時間の浪費に終わる危険性が高い.この「開き方」こそ今考えるべき問題の一つであるといえる. 

 

(2)記号消費社会の果てに

哲学者ボードリヤールは『消費社会の神話と構造』のなかで,記号消費社会という議論を展開している

*6.記号消費社会の議論では,「もの」の様々な特徴を記号として捉える.ブランドやCMによる宣伝効果など,プラスのイメージ・色・形状などの「記号」によって,商品の価値が増加・下降することは想像に難くない.服やバッグのブランドなどその最たる例で,ブランドのロゴがつくだけで,大した生地を使っているわけでもないのに価格が2倍・3倍に跳ね上がる.このように,実際的な生産行動を持たない「記号」によって生産が行われ,それを消費することによって経済が回っていく仕組みを「記号消費社会」というわけである*7

ノーブランドとして売り出した「無印良品」も,実はこの記号消費社会の議論を受けて誕生したと言われており,「無印で十分だ」という新たな記号を生み出し,無印ブランドとして名を馳せている

*8

この記号消費社会は,ありとあらゆるものを「記号」として消費対象にすることで,消費者の消費者化を促した.すなわち,すべてのものを「消費対象」としたことによって「24時間消費状態」が作られたことになる.電車の中を見渡しても,およそ8割から9割の人がスマホを片手に,Twitterで有名人の結婚報道にほくそ笑んだり,ニュースアプリのニュースをチェックしながら意中の相手に起きがけのLINEを送ったり...あらゆる行動がすべて「記号/コンテンツの消費」という形で消費されていく.おそらく,科学や学問に関するニュースや報道もこれらと同じカテゴリとして,日常の一コンテンツ/一エンタメとして消費されている.

もちろん一エンタメに甘んじるのも一案である.実際,教育系YouTuberと呼ばれる一群が登場し,分かりやすい講義や面白い実験で子供達の興味を惹いていることは事実であるし,多数の学生団体・市民団体が「科学の面白さ」を謳って,私から見ても楽しい科学実験を見せている活動には,「科学への興味を持ってもらう」という意味で一定の意義がある.

しかし,それでは疑似科学や科学信仰といった問題を十分に解消できないし,科学の無関心層は大半が無関心なままであるだろう.科学が他の宗教や思想と大きく違う点は,前編でも述べたように「徹底して謙虚に客観的知識を追い求める姿勢」と「自浄作用(反証可能性)を常に持つこと」にあるが,こういった類稀なる素質を持つ知識体系を他の一コンテンツと同じ単なるエンタメの形で消費させて良いものなのだろうか

岸田『科学コミュニケーション』は,

個人の生存にとっても,人類全体の生き残りと繁栄にとっても,科学は実に大きな力を発揮してきました.おそらくは,今後の私たちの生き残りのためにも必要となるでしょう.ただし,いろんな難しい問題に直面している現在,私たちの強力な道具だった科学自体の見直しや位置付けも必要になってきています.「科学の側」と「そうでないがわ」で価値観が分離したままであったり,科学に無関心であったりしていては,人類にとって不利なのです.

として,人類全体が「好き嫌い以前に関心を持つ環境を作る」ことの重要性を訴えている.一方で,現状のサイエンスコミュニケーションの多くは,記号の再生産でしかなく一コンテンツとして,有名人の結婚報道や恋文と同列の立ち位置で消費されるに過ぎなくなっていると見受けられる.

果たして,どうやったらそれらとの差別化をし,単なるエンターテイメント的コンテンツから脱することができるのか.現状での私の課題の一つはそこを考えることにある.

 

(3)疑似科学との仁義なき戦い

水素水,マイナスイオンゲルマニウムネックレス....科学を専門にしている集団からすると全く無根拠の「記号」が大量に売買されている.いわゆる疑似科学の例は枚挙にいとまがない*9.そしてこの詐欺まがいの疑似科学は総じて科学よりも人々に浸透しやすい.なぜかといえば,科学はその徹底した謙虚さゆえ複雑かつ抽象的でわかりにくい学問になっている一方,疑似科学は総じて「単純明快・具体性が高い・断言調」であることによる.単なる消費者として口を開けて待つことが多くなった現代社会においては,単純で一見信頼の置けそうな疑似科学の方が圧倒的に受け入れられやすいのである.

池内は,著書『疑似科学入門』のなかで,疑似科学に対抗するには,科学のアイデンティティである懐疑・批判精神を持つことによってなされると述べている.私自身も,科学のアイデンティティその内容よりも「徹底的に謙虚で,自浄作用を持つ」という方法論にあり,そこをいかにうまく浸透させるかが課題となると考えている.

この問題は,近年取りざたされる「フェイクニュース」とも関わりがあると考えられる.情報を的確に見つめ,批判し,判断していく能力を身につけることは,科学の理解にとどまらず,生きていく上でかなり重要なスキルになりうるだろう.

 

(4)科学信仰・科学原理主義との望まぬ戦い

疑似科学がはびこる一方,科学を絶対的に信頼する人々も一定数存在する.特に科学者や科学好きな中高生・学生に多いと思われるが,科学への絶対的信頼(「科学神話」とも呼ばれる)は,極端になれば危険な思想たりうる.科学で解明しきれない部分は現状多数あるわけだし,そもそも科学の姿勢だけでは抜け落ち,将来も拾い上げられないような部分も山ほど存在するだろう.これを鑑みず「科学の力があればなんでも解決」などと吹聴すれば,それこそ新興宗教が誕生するわけである.

何度目かはわからないが,科学の最大のアイデンティティは「徹底的に謙虚で,自浄作用を持つ方法論」であり,デカルトが「我思うゆえに我あり」として方法論的懐疑から「思考する我」にたどり着いたならば,科学を方法論的懐疑により削ぎ落としていった先には「科学の方法論」の部分に辿り着くはずである.

私自身はその「徹底的に謙虚で,自浄作用を持つ方法論」のみに絶対的な信頼をおき*10,科学理論は常に(一定程度の信頼を置きつつ)批判的な眼で吟味していく必要があると考えている.

科学コミュニケーションには,そういった「科学神話」を打ち砕き,正しい科学の立ち位置を見せることもまた必要だろう.

 

(5)科学/学問への無関心層の増加

岸田が『科学コミュニケーション』で指摘するように,欧米は「非科学(宗教や人文主義に基づく科学に対抗した思想・理論)」,米国は「反科学(進化論の否定など,科学自体へのアンチ思想)」,日本は「無関心」があり,それぞれにあった科学コミュニケーションが必要である.日本では「科学への無関心」をいかになくしていくかが大きな課題となり,自分自身の価値観に基づいて意見(それは必ずしも「科学的意見」である必要はない)を述べられるような場が求められる.

なぜ,科学へ無関心でいるのか.その理由の根本は,おそらく科学が原理的に「辛い営み」であるからだと言える.その徹底した謙虚さゆえ,研究は苦難の道の連続であるし,ある意味,知識の積み上げ方としては圧倒的にコスパが悪い方法なのである.

エジソンは「天才とは,99%の努力と1%のひらめきである」と述べたと言われるが,その言葉を借りるならば「科学とは,99%の失敗と1%の成功の上に成り立つ知識の集積である」と言える.そのくらい徹底して謙虚なのである.その辛い営みから出てくる結果も「〜という場合については〜が言える可能性が高い」という程度の曖昧かつ抽象度の高いものであり,いわゆるビジネス書とか自己啓発本とか言われる類のものの方が単純明快であるし,自分の腰を据えやすいのは,もはやしようがないとしか言えない.

先般の参議院選挙でも投票率の低さが取りざたされたが,この投票率の低さも案外「科学への無関心」と関わっているのかもしれない.辛い営みである上に「神々の悪戯」に見える科学は,一般からすると「聖域」であり「神でない自分は立ち入れない」と考える思考に至るのは,想像に難くない.政治も科学も「専門家たちの悪戯」として捉えられ,関心が薄くなっているのではないだろうか.

 

 

以上,科学と社会を取り巻く問題についてまとめてきたが,私は,こういった問題意識の中で「対話デザイン」*11という方法論に注目して,いくつかの実践を作りつつその探究を試みている.以下では,そのコンセプト部分について概説する.UTaTanéのwebページ(https://utatane.github.io)に載せた「テーマ」や既にだいぶ古くなっているが昨年駒場祭時点での資料(http://mayfes2018-utatane.com/docs/UTaTane_outline.pdf)も私が書いたものなので参考にして欲しい.

1. 対話デザインとは何か

対話デザインの根本思想:聞き手の哲学

対話デザインの根本思想は,ごく簡単で「相手のことを理解した上でこちらもコミュニケーションを取ろう」という話である.それができるための手法として,本来の意味でのコミュニケーションを引き出す展示デザインのあり方を探究している.私はこれを「聞き手の哲学」とも呼んでいる.ここでいう「相手」とは,「普段科学や学問に触れていない非科学者・非専門家」のことを指す.彼ら/彼女らを理解するためにはどうすれば良いだろうか.

一つは,彼ら/彼女らのフィールドに行き,あるいはそのフィールドを擬似的に作って,そこで議論を始めてみるというという方法が考えられる.自分たちのフィールドで偉そうに「科学ってすごいんだぞ」と語っても,「はあ,そうですか」と結局対岸の火事で終わってしまう.自分たちが科学をつくる当事者の一人であり,そこに参画できる環境を作るには,まず,相手のフィールドで科学がどう使えるか,どういうふうな見方になるか,というのを示すところから始めねばならない.

生活知への配慮

そのフィールドに行った時に何を気をつければ良いかというと,私の言葉*12でいう「生活知への配慮」である.生活知とは,自分自身の日常や普段のフィールドで経験的に得ている知識や価値観のことを指す.私がよく例に出すのは,ハイン『博物館で学ぶ』*13にもある「鍛冶屋」の例である.鍛冶屋の親父は,物理学者のように黒体放射の式(プランク公式)を理解してはいない.けれども「鉄の色と温度の関係」を経験的に理解しており,温度予測の精度だけで言えば,物理学者がパッと見て答えるよりも精度が良いこともままあるだろう.こういった,「人々が普段生活をしている中で得ている知識や知見」を「生活知」と呼び,彼ら/彼女らの生活知を過小評価しないよう配慮をしていくことが,対話デザインに基づくSCの上で必要になると考えている.この「相手のフィールドを擬似的に作る」ことと「生活知への配慮」は,後述の2018年度の「未来の生活」に関する実践でも,2019年度の「つくる」に関する実践でも積極的に取り入れている.

受容の環境づくり

さらに,神々の悪戯の聖域としての科学を脱却するために,「自分の意見が科学側にも受容されうる」環境を作る必要がある.すなわち,自分の「生活知」は過小評価されておらず,そこに基づいた意見や議論・話を科学者/専門家にぶつけても怒られないし,受け止めてもらえる,というような環境づくりである.これは問題点で指摘した(5)の無関心層の増加に大きく関わるが,その背後には「自身の無力感」があると考えており,そこをなくして,「自分自身がcommitしても大丈夫なんだ」という場を作っていくことが,科学コミュニケーションをする上での前提になるのではないかと考えている.これは特に今年の「つくる」に関する実践で主題的に取り上げている. 

岸田が『科学コミュニケーション』で言っている「共感・共有のコミュニケーション」にも近いと考えているこう言った話は,これだけ聞くと,まあごく当たり前のことである.しかし,ごく当たり前のことを徹底的にやるのが一番難しいとは,かつて松下幸之助が経営論を語る中で述べたという言葉である.事実,私を含めUTaTanéのメンバーとともに作っている実践は,私が前編(https://yuuki-philosophia.hatenablog.com/entry/2019/08/03/231413)で紹介した数多くの実践の中でも,対象層を広く取れ,なおかつ満足度の高い企画に仕上がっていると思われ,需要もかなりあるように感じている*14

 

2. なぜ対話デザインなのか?

稚拙な文章で申し訳ないと思いつつ,対話デザインの概略を掴んでいただけたと信じたいが,そもそもなぜ「対話」(参加)である必要があるのか.そこを,従来多くのSCでなされてきた啓蒙的な構図でのものと比較検討をしつつ見ていこうと思う.

下図に*15,ストックルマイヤーらが『現代の事例から学ぶサイエンスコミュニケーション』 *16のなかでSCの類型として挙げている,「啓蒙ー対話ー参加」の分類に基づき,それぞれの特徴を私なりにまとめたものを示す.以下,この図を適宜参照しながら「対話デザイン」の位置付けについて述べていくことにする.

啓蒙と対話の構図:一方通行から相互通行へ

啓蒙とは,ここでは一方的に科学の情報や科学技術に関連したニュースを流していくことを指す.もちろん啓蒙主義的でないニュースや情報番組も少ないながら存在しているだろうが,その一方向性は「滝行」としての問題を抱える.すなわち,相手のことをよく理解せず一律大量に情報を送ってしまうことは「知識が滝のように降ってくる」だけで,結局自分の知識とうまく結びつかず,一時のコンテンツ消費に陥ってしまう危険性が高いという意味である.例えば,大学の退屈な授業を思い出してほしい.おそらく,自分の興味や関心とうまく結びつかず,ただ一方的に情報が流し込まれていき,某お笑い芸人のネタで言えば「右から左に受け流す」だけで終わってしまうのである.

この原因は,私自身はやはり「生活知への配慮」が欠けていることにあると考えている.相手が何を知っているかも知らずに,一方的に「これ,面白いよね!」と押し付けがましく知識を投げ続けても,もちろん届く人には届くだろうが,私が本来届いて欲しいと考える人々にはおそらく何も届かずに,何も貼りつかずに終わってしまう.一方向のコミュニケーションに終始し,「蒙きを啓く」という字面通り,相手を無知蒙昧だとしか考えていないコミュニケーションでは,本来の意味での「コミュニケーション」は実現し得ない*17

 もちろん,マスメディアのように国民全体に一律に大量の情報を提供することも意義があることであるし,特に比較的小規模なサイエンスコミュニケーションにおいて同様の手法を使うことは得策ではないと思うが.

対話から参加へ:体験(共時)から経験(通時)への昇華

「対話の構造」は中段の画像に示した通りであり,互いの知識が繋げられそうな部分(接触部)にお互いの知識を投げ合っていくような構図であると考えている.「生活知」の配慮と「受容」によって,本来の意味でのコミュニケーションが取りやすくなった状況である.

しかし,単なる対話も対話で,自己満足や一時の享楽に陥る危険をはらんでいる.それは,その対話が一時の体験=その場での議論にとどまり,そこから先の考えや価値観になんら影響をもたらさない可能性である.井戸端会議も「対話」ではあるだろうが,本来的に目指すべき対話とは違うものを感じるが,それも「一時の体験」にとどまっているか「その後につながるか」の違いで説明できるだろう.

私は,言語学者ソシュールが言語の分析を「時間的・歴史的変化を考慮するか否か」という意味で用いた「共時」と「通時」の言葉を援用して,対話の構造を体験(共時),本来目指すべき対話(「参加」と呼ぶ)を経験(通時)と呼んでいる*18.私の中でこの区別はそこまで難しいものではなく,「その後の価値観や考えに影響を及ぼしたか否か」で区別している.つまり,「対話」では一時的に科学の考えを知ったり,自分の考えを述べたりすることはできるが,例えば家に帰って,その日の考えを反芻したり,反復したり,その後,家族でもう一度議論が生まれるなどといった「経験」への昇華が出来ていない.その反芻や反復,追加の議論が自然と生まれていくようなデザインを「経験(通時)への昇華」と呼び,「参加」と呼んでいる*19

この「経験(通時)に昇華出来るような,科学や学問を題材とした対話デザイン」が私自身が目指す,サイエンスコミュニケーションや学問のコミュニケーションのあり方である.

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啓蒙から対話,対話から参加へ
「参加の構造」をいかにして作るか

では,この「参加の構造」をどう作っていくか.私自身,未だに掴みきれていない部分はあるが,基本はやはり「生活知への配慮」と「受容できる場の確保」にあると考えている.対話でも同様のことは考慮していたが,参加の構造に持っていくには,より深いレベルでの考察やデザインが必要になる.生活知は表面に見えている(観察できる)ものだけではなく,その人が生きてきた歴史・文化的背景をうまく引き出し,価値観を可視化できるようなきっかけが必要になってくるだろう.この辺りは実践ベースで考察を進めているので,実践例を述べる際に改めて考えてみることとする.

 

科学教育と非科学者へのSC : その役割の違い

ストックルマイヤーらが『現代の事例から学ぶサイエンスコミュニケーション』 *20のなかでSCの類型として挙げている,「啓蒙ー対話ー参加」の分類は興味深いが,もう一つ「何を求めて科学コミュニケーションをするか」という観点で分類を試みよう.私は,

  • 科学者養成:将来科学者になるだろう子供たちに向けて,「科学の面白さ」や「科学の考え方」を伝える方向性
  • 非科学者/非専門家への科学:科学やある分野に触れていない非専門家・非科学者に,「科学との関わり方」や「科学の魅力」を伝える方向性

の大きく2種類に分類して,UTaTanéの現状の活動を後者に位置付けている*21.多くのメディアやSC団体が,前者の方向性として「科学って面白い!」「楽しい実験ができる」という議論をしているが,そもそも後者の議論がかなりの部分で欠けているのではないだろうか?

つまり,「科学を専門としない人々に対して,科学者として科学の何を伝えれば良いか」という問いかけである.もちろん科学予算の獲得のために「科学技術がいかにすごいか」をアピールすることは大事であるし,多くの科学者がそこの部分は頑張りつつあるのだろうが,そもそも国の機関自体が科学予算を漸減か据え置きという形にとどめている以上,「凄さ」のアピールは結局あまりうまくいっていないかもしれない.私自身は別のアプローチとして,「科学の当事者性=科学自体に非科学者にどう関わってもらうか」を議論し,その中で科学にお金を投じることにどの程度意味があるかを判断してもらいたいと考えている.

個人的な願望:「世界を見るメガネ」のシェアの実現とそこから創る新たな「メガネ」

このような議論をすると「先輩は,科学,面白くないんですか?」と聞かれることがたまにある.結論から言えば「科学は面白いし,科学的見方でモノを見る営みを(少なくとも他の多くの宗教や思想よりは)信頼している」という立場でいる.おそらく中高の部活で無心に化学薬品を入れた試験管を振り回した人間でもあるから,人並み以上に科学愛は強いと思われるしかし,だからこそ「科学は刺さる人に刺されば良い」のではなく「無関心層や科学に馴染みのない人々にも刺さって欲しいし,その見方を知った上で判断して欲しい」という思いがあるという自己分析をしている.

私個人の願望としては,「科学のメガネを通して見た世界を知ってほしい」と思っているし,同時に「他のメガネ=他者の価値観を通して見た世界がどう見えるか」を観察して,その違いを楽しみつつ,そこから新しい見え方が生まれないか,というのを期待している.昔はよくヘーゲル弁証法がこの議論をする上でわかりやすいから,よく「テーゼ」と「アンチテーゼ」を結んで新しい見え方を生み出す,というような話をしたが,今の私の思想は「新しい見え方がより良いものになるかはわからないが,互いの違いを認め,その上で新しい解釈や見方を生み出していく」という良し悪しの価値基準を無くした上での(浅薄な理解であれば,ポスト構造主義や物語哲学的な思想に近い)共創をしたいのだろう,という立場にある*22

私は,人並み以上には資格を持っているし,本も読むと思うが,それは全て「新しい世界を見たい」という相当強い好奇心によるものであり,活動を通じてそういった知見を多数の人々から引き出すデザインができれば,個人的には大変嬉しいのである.(あくまで個人的に嬉しいだけであるが)

 

 

さて,ここまでで抽象的な議論を閉じて,いくつか実践例を紹介していく.その中で何がやりたいのか,というのを皆さんにも擬似体験していただきつつ,ご自身の今までの考えや知識と照らし合わせながら,実践を吟味していただければと思う.

また,外部向けに作成している報告書をドライブにおいておいたので,そちらにより詳細な成果と課題などについて述べているので,こちらも参照してほしい(https://drive.google.com/open?id=1MIagmdgzTCbECQTvUriNCNqItqZLCXM1

3. 実践例(1) 2018学園祭「変わる世界、変わらない私〜20年後の未来を描く〜」

 

2018年度は「変わる世界、変わらない私〜20年後の未来を描く」として,「未来の生活における科学技術の活用の可能性」をテーマに展示を行った.

研究室や企業が展示する形はどうしても「科学や技術の凄さ」を推してしまう節があるため,それを生活に落とし込んだときに何が変わるかを見せることで,科学や技術への理解増進と生活知に基づく未来の生活を変えるアイデアを科学側に取り込みたいという狙いである.

五月祭・Techno Edgeは「鉄道・公園・家・学校」,駒場祭は「キッチン・ダイニング・リビング・書斎」を題材に,それぞれ非専門家の身近にある生活空間を丸ごと擬似再現することで,来場者がアットホームな空間の中で気軽に(畏まらずに)アイデアを考えられるような工夫をした.

さらに,試作品を展示したり,技術を俯瞰するカードゲームを用意したりして,実際に体験する中で未来の生活がどうなるかについて自分自身の生活と照らし合わせて考えることができ,既有知識を刺激する工夫を行った.

 

結果として,「子どもー大人」や「専門家ー非専門家」の壁を感じることなく,スタッフと来場者,来場者同士が対話できる場を提供することができた.また,展示のアップグレードを行った駒場祭では,保育士の方や自閉症援助の方から,自分自身の普段の仕事の悩みの中で生じたアイデアを引き出すことに成功し,そこでさらにアイデアの深化もできた.また,私たちがデザインしたゲームを通じて意気投合したエンジニアや家族づれが,来場者同士で「ガチ議論」を始める場面もあり,「生活知に基づくアイデア共創」に一定の成果を上げることができたと考えている.

http://mayfes2018-utatane.com/TechnoEdge2018.html

http://mayfes2018-utatane.com/KomabaFes2018.html

 

 

 

4. 実践例(2) 2019五月祭「『つくる』ってなんだろう?〜How Do YOU Create?〜」

2019年度は「つくる」をテーマに展示を行なっている.創造性やクリエイティビティといったワードや,2020年度から施行される新学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」といったところに,「共創」「主体」「創造性」といったワードが数多く踊るが,そもそも「何を作ったら創造性豊かなの?」とか「主体的な学びって何?」といった疑問を考えるべく,より学際的でアクティブな展示デザインを試みた.

五月祭では,「色・物語・一人・問い」という4つのテーマで「つくるとは何か?」を考えた.詳細は下記に記載したので眺めてみてほしい.

https://utatane.github.io/

http://mayfes2018-utatane.com/docs/2019-MF-Concept.pdf

今年の展示は,カオスかつアクティブ性が高く,多くの企画が「講演・来場者に伝える」という展示を実施する中,UTaTanéの企画では,来た瞬間から「はい,とりあえずつくりながら考えてみよう!」という投げかけをして,来場者自身が表現活動を試みるというかなり新しい試みを実践してみた.

結果,数多くの展示が存在する中で30分から長い人だと2時間以上展示内で様々な創作活動を試み,自分自身で考えを深めていくような状況が見られた.また印象的だったのは,幼稚園くらいのお子さんの横で高齢者の方がいて,同じように「色を作る」展示に参加していた場面で,対象層がほぼ限定されない形で,アクティブなコミュニケーションを促すことができたと考えている.また,昨年よりも「受容の場」を作ることを意識してやっていたことで,それをどうやってつくっていくかの方法論の一部を獲得できたように思う*23

展示を通じてアクティブな活動を促す仕組みはいくつか見出せたが,そこをどう科学や学問を伝える部分に応用するか*24駒場祭に向けての課題だといえる.

 

 

 

5. 課題と今後の展開

現状の課題としては,「参加の構造」がまだ作りきれていない部分にある.2018年の駒場祭が「科学技術の展示」としては一番参加の形に近く,生活知に基づくアイデア共創を行うことに成功したが,2019年の「つくる」という学際的テーマを扱う展示では,科学の方法論やリテラシーの部分,疑似科学への対処など,より広範な部分にアプローチをかけていきたいと考えている.

また,団体設立2年目にして,ようやく駒場祭の学術企画採択や,サイエンス・アゴラの採択など,「学術を伝える場としての対話デザイン」というやり方が認められつつあるように感じるので,サイエンスコミュニケーションの場に,私やUTaTanéメンバーのデザインを発信していきたいと考えている.

また,その他メディアへの展開として,おそらく近日中に「冬コミ出展(応募)」の話を告知すると思う.冬コミに出すとして,私たちが何ができるか,そこらへんを今詰めてみているところである.

同時に,地理関連の人間が多くなってきたので,そちらでも一つ何かコンテンツを作ってみることを考えており,徐々に盛り上がりを見せてきた次第である.

おわりに:Science Communicationの本来の姿とは?

コミュニケーション,Communicationの原義は,ラテン語のCommunisという単語から来ているという.この単語は「ともに」「分け合う」というようなものを持ち,現在のような矢印のイメージがついたのは,おそらく戦後の情報通信技術の発達によって,「通信」の意味でCommunicationが使われるようになってからであろうと考えられる.それまでは「同じ釜の飯を食う」というように,情報を一緒に分け合い,ともに考え,吸収し,次へ進んでいく,というような意味だったと推察している.

さらに,Scienceもラテン語のscientiaから来ており,当時は知識全般を指したという.

サイエンスコミュニケーションの本来の姿はともに科学や学問という人類が積み上げてきた膨大な知識(Scientia)を分け合い(Communis),科学者はその分ける手伝いをしていく,というような形ではないだろうか

私自身がどこまでできるかはわからないし,そもそも科学や学問の膨大な知識を全て分け合うことなど到底不可能だとは思うのだが,本来の意味でのサイエンスコミュニケーションを,「対話デザイン」という手法を使って実現できるように,少しずつではあるが実践と経験と知識を積んでいこうと考えている.

 

追記

ここまで長く書いてきたが,言葉足らずな部分も多々あるように思うし,私自身が言語化しきれていない部分も多くあると思う.

また,私自身の活動ややりたいことに興味を持っていただけた方がいたら,UTaTané(https://utatane.github.io/)や私自身のTwitterhttps://twitter.com/aza_yuuki1021)に連絡をいただければ幸いである.

また,上記に書いたことは,私個人の見解であって,UTaTanéの中にはおそらく私自身と違った考えを持ちつつ一緒にやってくれている人も多数いると思われるので,その点は留意していただきたい.

*1:東大の藤垣先生の『科学技術社会論の技法』https://www.amazon.co.jp/dp/4130032046や松本『科学技術社会学の理論』https://www.amazon.co.jp/dp/4833222604が詳しい

*2:私は前者の考えに近いが,ここで多くを語るのは野暮だろう.

*3:https://www.amazon.co.jp/dp/4480071075

*4:これは序章の話で,本編では「おひとりさま」「孤独」「一人」「独り」といったワードに結びつく様々な施設や文化を都市社会学の観点から論じている.

*5:ここでいう「圏外」とは,土井『キャラ化する/される子どもたち』 : https://www.amazon.co.jp/dp/4000094599 に登場した(?)意味で用いている

*6:飲茶『14歳からの哲学入門』https://www.amazon.co.jp/dp/4576151142に簡潔かつ分かりやすく解説されている

*7:非常にざっくりとした議論なので,有識者は怒らないでいただきたい...

*8:https://twitter.com/aza_yuuki1021/status/1138108830934376448

*9:池内『疑似科学入門』https://www.amazon.co.jp/dp/4004311314 と伊勢田『疑似科学と科学の哲学』https://www.amazon.co.jp/dp/4815804532 は疑似科学と科学の違い,それらの類型を分類して議論を展開している良書である.

*10:ある意味では,このあり方が「科学原理主義」なのかもしれない

*11:言葉自体は自己流であるが,色々なところで同じような話は別の言葉でされるかもしれない.

*12:博物館教育学・博物館展示論の本で出てきたと思うがそのままの言葉かは定かではない

*13:https://www.amazon.co.jp/dp/4886215270

*14:そもそもその声や需要を感じなかったら,昨年五月祭時点で団体を閉じていたはずなので

*15:あくまで私目線であることを留意していただきつつ

*16:https://www.amazon.co.jp/dp/4766422031

*17:ここら辺の議論は,博物館教育学の「欠如モデルー文脈モデル」という話に影響を受けている.詳細はそちらを参照して欲しい.

*18:このあたりの議論は,野家『物語の哲学』が(SCに直接的に関係する話ではないが)より解像度高く綿密に行なっていたと思う.英語ではどちらもexperienceだが,日本語は「体験」と「経験」という二つの語彙を持つ点で興味深い

*19:「対話デザイン」といっているが,本来の意味で私が目指しているのは「科学や学問への参加のデザイン」である.ただ,参加の意味が取りづらいので,広い意味での「対話」デザインとして言葉をまとめている.

*20:https://www.amazon.co.jp/dp/4766422031

*21:これはサークルの後輩と議論をする中で生まれた分類であり,その後輩は前者の科学者養成の方に興味を持ち活動を続けている.

*22:少し補足をすれば,ヘーゲル弁証法では,「テーゼ」と「アンチテーゼ」が結びついて「ジンテーゼ」に昇華され,その二項対立と昇華の繰り返しが世界を完成に導く,というような思想だと理解しているが,私はその昇華の繰り返しが世界を完成に導くとは到底思えないし,昇華をすることの意義は,多数存在する世界の見え方のメガネの種類を一つずつ増やしていくような程度のものであると考えている

*23:オリジナリティを担保でき,自分がつくっても自分のcontributionが存在しそう,と思ってもらうことが「受容の場」を作る鍵の一つであったように思う

*24:色・物語などの展示では,認知科学や文学あたりの知識を一部伝達することはやったが,「科学・学問を伝える」という意味ではかなり限定的であった

対話デザインと科学コミュニケーション(1) 〜歴史編〜

はじめに

令和が始まり2ヶ月。平成最後の日に自分自身の研究・学業部分についてのセーブポイントをセットした*1が,副業として細々と考察・実践を続けている科学コミュニケーション(SC)やアカデミックコミュニケーション(AC)関連の備忘録をまだ書いていなかったので,この記事に載せておく。

ここにたどり着いた方が,SCにどういうイメージを持つかは図りかねるが,恐らく一番イメージがつきやすいのは,東大CAST(https://ut-cast.net/)や東工大ScienceTechno(https://tmp.t-scitech.net/)あるいは米村でんじろう先生のサイエンスショーをはじめとする「科学の面白さを多くの人に伝える」活動である。

次に,未来館を中心として科学館・研究所等に配置されたサイエンスコミュニケーターと呼ばれる職種で,「科学研究や技術を展示・実演を交えながら解説する」活動である。

私自身の現在の活動は,これらを横目にしつつ「対話デザイン/コミュニケーションデザインという,より参加型・双方向性の高いSC/ACデザインを目指して,実験的な展示をいくつか作っており,特に「科学者/学者でない人々(非科学者)に科学や学問へどうcommitしてもらうか?」ということを主眼においてやっている。

なぜ「対話デザインの探究」に至ったのか,そこに至る思考過程を残す意味で,前編(その1)は時系列に沿い,後編(その2)は現在の考えを概略する形で書いていくことにする。私自身の思考の転換点のきっかけとなった問いかけをいくつか置いておくので,ぜひ立ち止まって考えていただければ,この記事が皆様のSC関連の知見にうまく接着できるのではないかと思う。

 

私のSC史(1)・中高時代 〜化学部と科学コミュニケーション〜

中高時代は化学部に所属し,月水土の部活の日には化学実験とボードゲームに明け暮れる日々であった。しかし,年に1度の文化祭では,化学部展示は生物部・物理部無線班などと鍔迫り合いを演じる展示づくりに奔走する。私が部長代のときは様々気になっていた部分の改革を進め*2,40年来物理実験室・1教室*3で行っていた展示を,化学実験室・2教室使った規模の拡大を試み,強硬突破の形で実現にこぎつけた。私自身にとって,来場者に自分たちの活動をみせる展示を作る初めての展示である。

私のPCに部長時代に寄せた「はじめに」と題した文章が残っていたので,一部を抜き出してみる。

さて,皆さんは「化学」と聞いて,どういうイメージを持たれるでしょうか。...総じて,「化学」=「危険」「難解」というイメージが根強くあります。

では,その危険を冒し,難解な物質に立ち向かってまで化学を研究するのはなぜでしょう。答えは簡単,化学が面白いから,ただそれだけです。

...

今回の化学部の展示では「分かりやすさ,親しみやすさ」をモットーに,昨年から時間をかけて構想を練ってきました。「化学」=「危険」「難解」というイメージを完全に取り去って,「化学」は面白いものだということを伝えたいです。どうぞごゆっくりお楽しみください。もし,皆様が化学部の展示をご覧になって,少しでも「化学」に興味がわき,親しみを感じてくれるようになったのならば,こちらとしては嬉しい限りです。

...

<小学生の皆さんへ>

化学部の実験でも一番大事なのは「好奇心」これにつきます。僕たちの研究も「こんな薬を作ってみたい!」「きれいなガラスを作ってみたい!」というところから始まります。

皆さんにはまだまだ様々な道があり,何でもすることができると思います。受験勉強で忙しいかもしれませんが,「なんで空は青いんだろう?」「なんで砂糖は甘いんだろう?」こんな素朴な疑問を持ち続けて欲しいと思います。

(2012年度麻布学園 学園祭化学部展示 「はじめに」より)

高校生風情で大変偉そうに色々述べているわけだが,今見返して驚いたのは,高校時代からすでに「化学の面白さ」「好奇心」などのキーワードを導き出していたことである。この面白さを伝えるために,身近な実験や体験要素をふんだんに用意し,2教室展示を充実したものに仕上げたことを記憶している。

この活動は,教養学部時代のCASTの活動にも無意識のうちに活かされたのかもしれない。

 

私のSC史(2)・教養学部時代 〜東大CASTと「科学の面白さ」を伝える活動〜

教養学部時代は,主として東大CASTの活動に参加した。東大CAST(https://ut-cast.net/)は,「科学の面白さを多くの人に伝えたい」ということをモットーとし,小学校や科学館・公民館などで,実験教室やサイエンスショーを行う東大内の学生団体である。私は団体の副代表も務め,学園祭展示のブースや書店でのイベントを20程度企画・運営した。特に,数学・情報系など従来あまり扱われてこなかった実験・ゲームなどをデザインし,イベント内で取り入れたりもした。

この頃のモチベーションは「科学は面白い」ということを多くの人に知ってもらいたい,というものであり,子供たちの笑顔を見るのが楽しく,部室で実験開発や準備に明け暮れる日々であったことを記憶している。

 

SCへの問いかけ(1) ・「科学の面白さ」の布教は必要/重要なのか?

学部3年の冬学期に「科学哲学」(石原孝二先生)の授業を受講した。本郷がメインキャンパスとなった自分ではあるが,それは自分自身に生まれていた「自分の『科学の面白さを伝える』活動に果たしてどういう意義があるのか?」疑念を講義を通してどうしても解消したいという思いが募ったからである。*4

この授業における主題は「科学とは何か?」を探究する学問分野であり,古くはアリストテレスからデカルト・ベーコンらの哲学を経て,クーンのパラダイム論,ポパー反証可能性ラカトシュのリサーチプログラム,ラトゥールのアクターネットワークなどの科学哲学の議論をさらい,最後にリスクコミュニケーションなどを扱うかなり密度の濃い授業である。

この授業を通して,私自身はかなりの衝撃を受けた。というのも,中高以来「科学は面白い」という思いで展示やイベントをデザインしてきて,その根本には「科学を信じれば救われる」という「科学万能説/科学神話」的な考えがあったわけだが,授業を受ける中で科学は人類の営為であり,思考の一形態に過ぎないという相対化をすることで,私の中の「科学への憧れ」が音を立てて崩れ落ちたからである。

その中で,「科学の面白さ」を伝えること(語弊を恐れずにいえば「科学教の布教」)はそもそも必要/重要であるのか?という疑問がわいた。

この問いの私なりの回答は,後編の「対話デザインの概要(1)」で述べることにする。

 

SCへの問いかけ(2) ・SCの主体は誰であるか?

私自身がCASTや高校化学部を思い返すと,口癖のように「お子さんを前に,大人の方は後ろに」と言っていたのを思い出す。確かに「科学教育」という意味では子供が主体でしかるべきだが,本来の意味での科学コミュニケーションは,大人も対象にすべきではないだろうか。いや「科学へお金(税金)を使うことを推進したい」というアピールならば,むしろ大人を主体にすべきとすら言える。

確かに,大人をターゲットとした講演会・カフェ形式のイベントも多く存在するが,その場合は子供が爪弾きにされがちなため,小さな子供がいるご家族づれなどには少しハードルが高くなってしまうだろう。

学部3年あたりからの問題意識として,「子供から大人まで幅広く楽しめる/SCが可能なような展示デザイン・SCデザイン」というものがボヤッと浮かんでいた。

 

私のSC史(3)・学部・物工時代 〜工学博覧会と「人を魅せる」SCの可能性〜

統計力学の「ミクロとマクロをつなぐ」という発想とその美しさに魅せられ,工学部物理工学科への進学を選択したわけだが,東大では工学部物理工学科と計数工学科が応用物理系として,物理・情報・数学の教育において密な連携を取っている。さらに,東大の学園祭の一つである五月祭では,工学博覧会として合同で学科展示の出展を行なっている。

私は,この工学博覧会で副責任者・マネジメント班を務め,事務作業とともに展示全体の統括・新たな展示の考案を行なった。

マネジメント班では,例年単なる事務作業を請け負っていた体質を改め,「マネジメント班から新しい企画を提案しよう」という心意気を持ち,五月祭の半年前くらいから私に近しい学科メンバーと議論と画策を重ねていた。

特に,8教室の展示を有する中で最大の教室である「63教室」の活用法が議題に上がった。そこで「応物らしさ」を見せられる企画をマネジメント班主導で行えないか,ということだったが,そこで問題になるのは「そもそも応物らしさとは何か?」と「それを伝えるために何をすれば良いか?」の2点である。

皆さんの学科や所属の「らしさ」も,意外と言語化して伝えるのが難しいのではないだろうか。この時の私たちは,応物らしさを「基礎から応用につながる学科/社会につながる学科」と位置づけて*5展示づくりを行った。

特に,例年の「展示物+展示解説」の方式から,「人を魅せること」と「応物全体を俯瞰すること」を重視し,物工・計数の先生方や学生を呼んで行う座談会企画を前者に,63教室で物工・計数が入り乱れて,座談会をふくめ,講演やワークショップなど多様な企画を時間割で催す通称「63企画」を後者に位置づけた。

結果,B3-B4に加え院生の一部の方にも加わっていただき,スタッフ100名以上の協力を受けて,過去最大規模の展示を実現することができた。

Twitterで #工学博覧会2017というタグを検索していただければ,当時の様子が写真付きで垣間見えるが(https://twitter.com/hashtag/%E5%B7%A5%E5%AD%A6%E5%8D%9A%E8%A6%A7%E4%BC%9A2017?src=hash),例年よりもコンセプトを明確に打ち出したことが奏功してか,全体としてのまとまりが(少しばかり)増したように思う。

企画が無事終了したことへの安堵と,私の勝手な企画やアイデアに最後まで付き合ってくれた学科の先輩後輩同期の皆様の感謝の念に堪えない。*6

 

 

SCへの問いかけ(3) ・啓蒙型のSCへの疑問,科学とは何か?

サイエンスショーや講演会・研究室展示など,私の周りの科学コミュニケーションは,私(や複数の先人)の言葉で言えば「啓蒙型のSC」が大半を占めているように思う。ここで啓蒙型とは,「科学の面白さ」や「技術の凄さ」を伝えるために,様々な媒体を使って,一方的に情報発信をしていく,という形式を指す。

しかし,この啓蒙型の形式だと,どうしても私たちが生活の中で暗黙的・無意識的に取り入れていく「生活知」を過小評価してしまうことにつながりかねない。つまり「私/僕は科学のプロなのだから,この説明が正しい」というまさに「蒙きを啓く」ような調子で伝えてしまうと,次の2通りのパターンの反応が来ることが想定される。

一つは,「ああ,私は何も知らなかった。こんなに素晴らしいのか」という,「科学信仰/科学信奉」が考えられる。専門家から伝えられる科学的知識を盲目的に受け入れ,それを信じていくようなあり方である。恐らくこのような受け取り方をする層は,疑似科学的な話についても同様の反応を示し,さらに疑似科学的な話の方が単純明快でわかりやすいことが多いため,それとの区別がつかなくなると考えられる。要するに,科学の基本精神でもある「批判精神」が養われない。*7

もう一つは,「なんかすごそうだけど,何の役に立つのかわからない」というような,「無関心の再生産」である。この場合は,結局啓蒙的SCが一時のコンテンツ消費になり,対象者のその後に何ら影響を及ぼさない可能性が高い。

いずれにしろ啓蒙的な伝え方の場合,「面白い」「楽しい」というエンタメ的要素は伝わる一方で*8「科学自体への関心」をうまく引き出すことができず,「一時のコンテンツ消費」で終わる危険をはらんでいる。

では「科学自体への関心」をどのように引き出すか。確かにエンタメ的な伝え方もアリだろうが,先に申したように一時のコンテンツ消費になりかねない。私自身はそもそも「聞き手が何を知っているか」などの聞き手*9の理解が不足しているのではないかと考え,後述の「対話デザイン」の取り組みを続けている。つまり,SCの本質には「聞き手の哲学が必要である」という立場である。続きは後編で言語化できる範囲で書いていこうと思う。

 

さて,私たちが伝える科学とはそもそも何だろうか。ぜひ,みなさんも立ち止まって少し考えてみてほしい。

私自身は「科学とは,世界を解釈するものの見方の一つである」と考えている。古くギリシャの時代から科学は哲学として脈々と受け継がれてきたが,ものの見方が確立したのが「近代科学」といわれる時代である。そこでは仮説演繹的な推論と呼ばれる,「仮説を立てて,そこから現象を予測し,その仮説が正しいか否かをテストする」という多くの科学分野で取り入れられている方向性が定まった時代である。その「ものの見方」が現在で受け継がれ,各分野で様々な知見を生み出している。

科学も世界を解釈するものの見方の一つという意味では宗教であるが,多くの宗教を凌駕した普遍的な知識・技術を積み上げてきた背景には,その類い稀なる謙虚さと,科学内部に科学自体を自壊させる装置(「反証可能性」と呼ばれる)が存在したことによるだろう。多くの宗教では「教え」が絶対であり,基本的に更新されることはない。キリスト教も聖書が何百年と同じように信じられ続けている。すなわち,宗教は基本が「静的(static)」なのである。一方,科学はニュートン力学を包摂する形でアインシュタイン相対性理論が生まれたように,常に知識が更新され,技術が生み出されていく構造がある。「現状の理論は絶対ではなく,自壊されうる」という構造は,科学が「動的(dynamic)」であることを示し,それゆえ多くの知識を自然や産業の中で獲得し続けてきたのであろう。

このような思想から,私の科学コミュニケーションへの関心は,「ものの見方としての科学」を伝え,相手の見方もうまく引き出しつつ,互いに協力して何か新しいものを生み出していけないか,という部分にある。相手の見方を知れば,その見方に合わせてうまく科学でどう見えるか,科学で何ができるかを伝えることができるという思想である。

おそらくこの考え方は「科学の内容(コンテンツ)のすごさを伝える」ということを主軸に置く多くのSC団体とは違うが,私自身の考えを基にしたSCデザインの需要は後述のUTaTanéの活動実績の中にも見いだしつつあるので,細々と活動を続けている次第である。

私のSC史(4)・現在 〜UTaTanéと「対話デザイン」を目指すSC〜

こういった問題意識の中から,UTaTanéという団体を立ち上げ*10現在は「生活知と専門知をつなぐ対話デザイン」というをコンセプトを掲げて,実験的な展示やメディアへの展開・イベントやプロダクト制作を画策している。後編では,このUTaTanéで,私が何を考え,何をやっているか,その部分のセーブポイントを作ることを目指して記事を執筆してみようと思う。

 (後編につづく)

*1:https://yuuki-philosophia.hatenablog.com/entry/2019/04/30/172118

*2:部内で選択制の講義を取り入れ,科学館・工場見学を企画するなど,化学実験以外の部分の活動の強化を行うとともに,学園祭展示内部でも学園祭

*3:現校長が化学部部長だった時代に変わって以来だと聞いた

*4:科学哲学の授業での教科書は『科学哲学ーなぜ科学が哲学の問題になるのか』(https://www.amazon.co.jp/dp/439332322Xだった。かなり分厚く分量が多いが,興味のある方は読んでみると面白いと思う。

*5:といいつつも当時は,各所で企画が散発的に生まれたものをまとめ上げる形でコンセプトを設計するという,ボトムアップ的な企画づくり出会ったため,この言葉が確立されたのは五月祭2ヶ月前であった

*6:今でも流石にやりすぎたなあ,という反省をしています...笑

*7:「批判精神」をどの程度養うべきかは,UTaTané内部のSC関連の議論の際も議論の種になった。それは追って書くことにする。

*8:それはそれで大事だと思うのだが

*9:対話なので「聞き手」は常に入れ替わるから,この場合の言葉としてはふさわしくないかもしれない。要するに非科学者・非専門家といった「科学を伝える/科学が伝わる」側の人間のことである。

*10:元々は情報理工系の院生数名で「五月祭展示をやりたいね」という話から始まったのだが,初回の五月祭の反響が想像以上に大きく,しばらく活動・探究を続けるために団体を運営している。

私の平成史 〜余は如何にして情報学徒となりし乎〜

平成の終わりに 〜ヒューマンスケールとしての元号

平成31年4月30日.明日から令和がはじまる.私は今大学院生であることから察される通り,平成の初めの方の生まれであるため,昭和から平成に移り変わる瞬間を見ていない.あの時は天皇陛下昭和天皇)の体調が逐一報道され,崩御なさると通夜モードの中平成を始めたと聞くが,今回は,今上天皇生前退位なさることで,新元号の発表がInstagramTwitterで中継されたり,号外が飛ぶようにはけたりと,何かとお祝いムードになっている.

西暦以外の暦を使う文化は,台湾(中華民国暦)や古くは中国でも使われていたというが,台湾は「建国から何年」という数え方をしていることもあり,天皇の退位に伴って「元号」が変わるという文化は日本に独特なものだろう*1.とかく明治以降の元号は,天皇の交代によって変わっていくため,元号はヒューマンスケールを持った暦である.「平成」「昭和」「大正」「明治」それぞれの時代が,人間的な長さで,人間的な性格を持って進行してきた.昭和の人,平成の人という区分けが良くも悪くもなされ,概ね30-40年程度のスパンで進行するため,「世代」の区分けとしては非常に手頃になるだろうと考えられる*2.一方,西暦でミレニアム世代という区分けがあったが,あれは2000年の節目が来たからで,そこから何年区切りに分けて行けば良いのかは,正直よくわからない.

非人間的な=客観的な軸が求められる公文書や免許証にこれらを併記するかの議論はさておき,人間を扱う研究をやっている身からすると,「元号」の独特な文化は,純粋に興味深い.

はじめに

さて,前置きが長くなったが,平成の区切りに際して,少し自分の過去をまとめておきたいと思う.私自身が,これから少なくとも数年は「情報学徒(人間学徒)」として生きていくにあたり,なぜここに辿り着いたかのセーブポイントになるだろう.

結論から言うと,私は高校時代までは「化学者」を志し,大学学部時代は「物理学者」を志していたが,今の専攻は「情報理工学」という分野にいる.それぞれ道を変えていくきっかけがあったので,後学のため,自分自身のためにも一度整理しておくことにする.

小学校時代 〜自由研究と実験工房,科学への憧れ〜

私は, 父母ともかなり教育熱心である家庭に生まれたため,ピアノや水泳など様々な習い事に通わされた.週の半分以上はそれで埋まっていたという,弊学にそこそこいそうなタイプの少年な訳である.

特に独特だと感じたのは,自由研究に関する親の熱の入れ方であろう.私自身がやった自由研究を振り返ると,

  • 1年 色変わりの科学:酸とアルカリを紫キャベツ液やBTB液で調査
  • 2年 火星大接近:2003年の火星大接近に関連して,父の望遠鏡を使った観測調査( https://www.astroarts.co.jp/special/2003mars/introduction-j.html
  • 3年 ゴミ処分場の見学とゴミ問題の調査:夏休みにたまたま処分場見学に行けたので,それのまとめとリサイクルやゴミ問題で今何が問題なのかの調査
  • 4年 結晶の研究:ミョウバンや塩の結晶作りと顕微鏡での観察
  • 5年 電磁石と電磁誘導:コイルの巻き数や鉄心を入れる実験.クリップモータや簡単なモータ,電子回路を自作.
  • 6年 DNAの研究:DNAの抽出実験をブロッコリー等で.DNAーRNAの話など理論メイン.

と,かなり豪華なラインナップをやらせてもらった*3.当時は,母(某大文学部卒)が熱心に文献を調べ,それを私が聞きつつ学びつつという感じであったが,何より今でも役立っているのが,小学生当時から「動機・目的->背景->予想・仮説->実験->考察->結論」といういわゆる科学論文のお作法を叩き込まれたことにある.実際,自分で仮説を立てて,なぜそうなるかの根拠を考えつつ検証していくプロセスがすごく楽しかったので,小学校の卒業文集には「化学者」と将来の夢を記している.

また,設立当初の未来館実験工房に月1くらいで参加し,導電性プラスチックでノーベル化学賞を受賞した白川博士の講座を受けたり,レゴのマインドストームでロボットを作ったり,何かと親に連れられて,足繁く通ったものである.

中高時代 〜化学部と研究の始まり,化学への興味〜

中高は,都内の某中高一貫校に通い,中1こそ帰宅部*4だったけれども,中2で友人に化学部に誘われて入り,以後高3の夏まで続けることになる.

最初は,「時計反応」と呼ばれる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E8%A8%88%E5%8F%8D%E5%BF%9C),何年か前にBZ反応の発見で水戸の方の高校生が話題になっていたものと似たものを扱って,分量によって反応時間がどのように変わるかの計測をひたすら行なっていた.文化祭の実験のために,最適な分量を探索していたのだが,このひたすらトライしてみる下積み期間のおかげか,「探究」の欲が掻き立てられることになる.

中3以降は,顧問と相談しつつ,「アセトアミノフェン」という,某風邪薬に多く含まれる成分*5について,中等教育のレベルでどう合成できるかについて研究を進めていた.

結果的に,「フェノール ->p-ニトロフェノール->p-アミノフェノール->アセトアミノフェン」という既存の合成経路は,中高レベルでもある程度なんとかなることと,水蒸気蒸留というわりかし独特な実験を取り入れることができるとして,教育現場でも入れたら面白いのでは,という話までは持って行けた.最後の年は,「染料から医薬品」として,アゾ染料からアセトアミノフェンを作るところにもトライしたが,こちらはアゾ染料のN-Nの結合を切るのに苦労して,なかなかうまくいかなかった.

同時に,化学グランプリに出場させていただいたりもして,代表候補に選ばれたり,とある年には大賞を取らせていただいたりという経験をする中で,「化学者」という道を強く意識するようになった.

のちに全てをひっくり返すことになるし,今周りの友人に言っても信じてもらえないのだろうが,この時は東大に入ったら「理学部化学科」の一択しかないと思っていたのである.

大学学部前期 〜SCとの出会い,物理に魅せられて〜

無事,現役で東大に入ることができ,東大CAST(https://ut-cast.net/)という団体に所属することになる.「科学の面白さを多くの人に伝えたい」というモチベーション,私自身高校時代に東大の五月祭を訪れた際に,活動内容を多少知っていたこともあり,加入をした.以後,かなりのプロジェクトを手がけたり,事務方であれこれやったりするわけである(SC関連の話は別口で書きます^^).

一方,東大の駒場・教養課程における化学の授業は,

  • 基礎現代化学:先生が好きなことを話す謎講義.
  • 構造化学:量子化学の入り部分.水素原子のスペクトルの話とか.
  • 物性化学:金属の錯体の話やその色の話.

の3つがあるのだが,正直申し上げると(もともと知っている知識が多かったというのもあるが),あまり魅力を感じるものではなかった.

比して,物理の授業は,主には

あたりがあるが,これが高校までのふわふわした議論が,綺麗に整理されていくのが非常に気持ちよかった.熱力学の福島先生*6,振動・波動論の加藤先生*7解析力学の加藤先生*8統計力学の堀田先生*9など,先生に恵まれたのが大きいかもしれない.

特に,高校時代,化学をやっていた人間からすると,統計力学の「ミクロのランダムな分子運動を統計学の力を借りて,マクロでは熱力学的な物理量がほぼ揺らぎなく定まる!」というカッコ良さが本当に好きになってしまい,物理側へと心を動かすことになる.

そして,理学部物理学科と工学部物理工学科を悩んだが,サークルから引っ張ってきた「ものづくり=工学(Engineering)」への憧れと,素粒子・宇宙よりは物質っぽい話をやりたいというモチベーションから,物工を選ぶことになる*10

大学学部後期 〜科学哲学の衝撃,人間への興味〜

東大の物理工学科は,「応用物理系」というカテゴリに属し,元を一にする計数工学科と授業を一緒に展開している.おかげで,数学系や情報系の授業にも多数触れることができるのだ.だが裏を返せば,浮気心の多い人にとっては,「こっちも面白そう〜!」と心が動きかねない.僕もその一人だった.

そもそも,化学を軸にした「科学(サイエンス)」で生きてきた人間が,ものづくりに憧れてきたのだから,モノを作っている感じの人たちの講義に憧れを抱かないわけがない.中でも面白かったのは,

  • 制御論:プラント制御やシステムの制御を数学的に扱う.Engineeringを数学的に考えていくプロセスとか,すでに退官なさった原先生のキャラがめちゃめちゃ面白かった.
  • 認識行動システム論:人間を「システム」として捉えるVR(稲見先生)と,ロボットのシステム論(渡辺先生)が同じ講義に詰め込まれているのが楽しい.どちらも俯瞰できるのは,計数のシステム工学ならではの視点.

である.これらの講義が「工学(Engneering)」への興味をさらに高めていくことになる.

一方で,私はその頃,「SCってなんのためにやるんだ?」という問いにぶつかっていた.CASTのSC自体はそれはそれで魅力的なのだが,そもそも「科学」の何を伝えていけば良いのかに悩み始めていた.そんな時に,石原先生*11の科学哲学の授業に出会った.科学哲学とは,まさに「科学とは何か?」を考えてきた巨人たちの思考をさらい,私たちが今直面している原発問題や地球温暖化などの問題を考える糸口をつかもう,という学問である.*12 私自身は,そこである種の科学神話をぶち壊された.今まで,科学を信奉し,「科学を信じていれば未来は明るい」とすら思っていたが,科学とは相当に人間的な営みであることを突きつけられた.誤謬をできるだけ取り除き,精緻で客観的な理論を組み立てるために,ピアレビューや学会といった制度が出てきているが,一方でその制度も多分に人間的であることから,絶対公平の中立はありえない,そんな議論は,私自身の「科学とは何か?」というモヤモヤした考えに,勢いよく突き刺さってきた.

さらに,私の物工の友人も述べていたが,「自然は美しい方程式からなる」のではなく,「美しい方程式は,人間が見たいように自然を見た結果生まれたものだ」というのが正しい理解だろうが,その理解に至ったのもこの時期である.物理の本を読み進めていくと,式が徐々に複雑になっていくが,それは「人間が今まで無視していた効果=見ないようにしてきた効果」が気になると,その効果を加えた議論をして,自然と複雑になっていく.「見たいように見る」というのは,物理の用語では「近似」という.物理学者は,この近似をいかにできるか,世界をいかに単純化しつつ有効な情報を得ていくかのセンスが問われる,という話をある先生から伺ったが,まさにそのような「近似」の世界なのである.

「自然は美しい.その美しさを知るのが科学の営み」と思っていたある種の憧れが私の中で音を立てて崩れ落ちた.私はどの学問を軸に生きていけば良いのか,SCの文脈から始まった問いは,私の学問観まで問い直させることになった.

その中で魅力的に映ってきたのが,システム工学の一部の研究室が扱っている「人間」である.応用物理的な観点を持ちつつ,「人間」を扱おうとする研究は,「今まで人間が積み上げてきた哲学を実験的に明らかにできる学問」としての魅力を持ったのである.学問自体が人間的な営みなら,人間自体を扱う学問は,それら学問の営み自体についても考えていけるのではないか,その「メタ学問」的な側面にも興味を持ったのかもしれない.

私自身,もともと哲学が好きだったり,本を読むのが好きだったり,考えるのが好きな人間でもあるので,この研究分野で自分自身がモヤモヤ考えてきたものが,少しずつ晴れてくるのではないか,という期待もあって,進学の第一候補に躍り出たのである.

結局,4年の6月,出願直前まで悩むことになるが,情報理工学系のシステム情報学専攻(計数システムの大学院ver)一本に絞り,結果今の研究室に所属しているわけである.

タイトルに,「余は如何にして情報学徒となりし乎」と書いたが,私自身は「余は如何にして人間学となりし乎」の方が適切な気がする.私自身の興味はあくまで,人間の知覚や認知,社会や集団の生成,コミュニケーション,人工物の「創造」など,人間的営みがどのようなプロセスで生まれてくるかを理解することにあると思うので*13

おわりに

今回は,本流としての「学問の探究」の道をどのように選んできたか,について書き連ねてみた.私自身,効率よく生きている方ではないので,なんだかんだ迷いに迷って今この立場にいるわけだが,少なくともしばらくは自分自身の興味が尽きていないことから,この分野でやっていこうかな,と思っている今日この頃である.

別の機会(おそらく五月祭後?)に,副流としてSC・教育関連の「実践の探究」の履歴を,科学哲学や博物館教育学なども交えて,元号またぎにはなるが,書き留めて見ようと思う.

*1:素人発言なので,他に採用している国があったらごめんなさい

*2:大正天皇が若くして崩御し「昭和」が長かったため一概には言えないが,それも含めた揺らぎが,ある種人間的なのかもしれない.

*3:まだ設立して何年めかの未来館の自由研究コンテストに応募し,何かを受賞して,毛利衛館長と握手した覚えがある笑

*4:音楽部に入っていたが,年2回程度のコンサート以外は自主練であるため,そこまで真面目でなかった僕は,実質帰宅部になっていた

*5:風邪薬の成分としては,アスピリンアセトアミノフェンイブプロフェンが代表的であり,このうちアセトアミノフェンは,アスピリン喘息のような副作用が少ないとして,よく使用されている.「カロナール錠」(https://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00063312.pdf)を薬局で処方されたことがある人は,まさにその有効成分がアセトアミノフェンである.

*6:http://www.dbs.c.u-tokyo.ac.jp/labo/c_koji_fukushima.html

*7:http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/research/faculty/list/mds/mds-bs/f002571.html

*8:http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/research/faculty/list/mds/mds-bs/f002570.html

*9:http://www.dbs.c.u-tokyo.ac.jp/labo/c_chisa_hotta.html

*10:物工と情報理工への進学のススメに関しては,どこかの機会にもう少し詳しく書いてみることにするのでしばしお待ちを^^

*11:http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/research/faculty/list/mds/mds-bs/f002557.html

*12:科学哲学に関しても,どこかでまとめるつもりではいるのでしばし?お待ちを^^

*13:ただそれらの思考やコンセプトを「研究」という形に落とし込むのはなかなか難しく,今手がつけやすいところから自分のペースで進めていっている.

備忘録:なぜ「氷川神社」は東京近郊に多いのか?(前編)

はじめに

2ヶ月ぶりの更新.3月4月と慌ただしく色々こなしていたら書く暇がなかった,というよりも,最初の方の記事を重くしすぎたせいでハードルを上げてしまっていたのが大きい気がする.流石に1記事が1万字程度になるのは,趣味程度の書き物の丈に合わない.

なので,雑感としてTwitterなどで呟ききれないけれど掘り下げたい話題だとか,日々面白いと思った話題を取り上げれば,世の中のニッチな物好きがだんだん集まってくれないかという,密かな期待を持って,テイストを軽めにしつつ?書き留めてみる.

渋谷氷川神社を訪ねて

先日,応用情報技術者試験*1國學院大学の渋谷キャンパスを来訪したついでに,氷川神社という近くの神社にお参りに行った.

f:id:yuuki-philosophia:20190423001020j:plain 神社庁のホームページ(http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/shibuya/3272/)によれば,境内が4000坪あるらしく,渋谷の一等地に4000坪持ってるのすごすぎでは,という心持ちはさておき,寺社仏閣の建築は,流石に美しいのと,何より神社の境内ののどかな雰囲気が好きなので,近くに神社か川があると吸い寄せられるのだが,例に漏れずこの神社も,アットホームで人も少なく,午前と午後の試験の合間に気分転換に来るには最高の環境だった.

そういえば,ここで手水・参拝の作法をまとめてみよう.知ってるとちょっと得した気分になる上,友達に説明したりして,コミュ障の僕でも会話が弾む()ので,一石三鳥くらいの知識である.何より,このブログをわざわざ読んでくださってる方へのせめてものお役立ち情報ということで. 

手水の作法

手水(ちょうず)は,「左→右→左ですくって口→左→柄杓の柄」で覚えると良い.

  1. 右手で柄杓を持って,左手を洗う
  2. 左手に柄杓を持ち替えて,右手を洗う
  3. 右手に再度持ち替えて,左手に水を受け,受けた水で口をすすぐ.柄杓から直接口を洗うのではない(純粋に不衛生)ので注意.
  4. 左手が,口すすぎの過程で汚れてしまったので?*2,再度左手を洗う.
  5. 最後に残った水で柄杓の柄を洗う.左手を洗ったところで水を流してしまう人がいるが,最後に柄を洗って戻すのが,マナーでもあるしお作法に含まれる.

と,ざっとこんな感じである.大きな神社だと大抵書いてあることが多いのだが,町の小さな神社の手水舎だと書いていないことが多いので,「左→右→左ですくって口→左→柄杓の柄」を覚えておくと,京都に行った時やお参り日和の際に便利であろう.

 

参拝の作法

神社と仏閣で大きく違うことに注意しよう.結論から言えば,神社は手を叩くが,寺院・仏閣では手を叩かない.

これは,「お参りの対象がどういう立ち位置か?」を紐解けば,自ずと理解できる.

まず神社.神社は,その土地に根ざした神様にお参りする.神様には,「私はここにいますよ〜!」とアピールが必要なのである.神社に行くと,紐を垂らした鈴,本坪鈴(ほんつぼすず)がつけてある場所もあり,これもアピールに使って良いのである.手を打ち鳴らすのを「柏手(かしわで)を打つ」というが,この柏手を打ったり,本坪鈴を鳴らしたりすることで,神様を自分(参拝者)のもとに引き寄せるところから参拝が始まる.また,本坪鈴の名前を教えてくれたサイト(https://syukatsulabo.jp/article/8753)によれば,穢れを祓う効果も謳われている.

一方で,寺院・仏閣では手を叩く必要がない.手を叩かずに,その場で「合掌」する.これは,神様と違って目の前にすでに仏様が目の前にいるので,合掌するだけで十分なのである.

ただ,お寺さん(http://kouboudaishi.main.jp/%E3%80%90%E5%B7%A1%E7%A4%BC%E3%81%AE%E3%81%97%E3%81%8B%E3%81%9F%E3%80%91%E5%AF%BA%E9%99%A2%E3%81%A7%E6%89%8B%E3%82%92%E5%8F%A9%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%AF%E5%A4%89%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B%EF%BC%9F/)によれば,古来は「手を叩く=喜びの象徴」でもあったらしく,NGではないらしい.なかなか難しいものだ...

さて,翻って神社に限ってお参りの作法を書くならば,ご存知の方も多いだろう「二礼・二拍手・一礼」である.二拍手をした後,お祈りをするが,ここで

「払え給い 清め給え 神(かむ)ながら 守り給い 幸い給え」

というごく短いご挨拶,祝詞(のりと)を唱えても良いだろう.親切な神社だとお賽銭箱の後ろにこれが書いてあったりもするが,これは神社にお参りするときのご挨拶とお願いの定型句,という理解で良いと思う.

なお,神社chなるサイト(https://zinja-omairi.com/nirei/)があって,ここによればこの習慣ができたのは戦後のGHQ占領下の中で,神道が一宗教に格下げされる過程で生じた習慣らしい.意外と歴史が新しいものだと知って,ちょっと驚きである.

むしろそれまでは,お参り作法が自由だったというから,むしろルールを作った方が「宗教度合い」が高まるが,そのルールを作ることを通して,生活と密着した信念から,世俗と分離した「一宗教」にしようとした,という戦略は,少しばかり意外性があって面白い.

 

さて,どちらが本題かよくわからなくなったが,余談はそれくらいに.お作法に倣って,と言っても冒頭の二礼を忘れて神様を慌てて呼んでしまったので偉そうに書く筋ではないのだが,無事参拝を終えたのち,今年初のおみくじを引いてみた.

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久々の大吉を引き,テンションが上がったのであるが,この大吉,よくよく読んでみると...

願事:叶い難いようですが半ばより案外安く叶う

失物:出ず 遅ければなし

いやいや,お前大吉なくせに願い事叶わないのかよ,失くし物でてこないのかよ,とよく見ると爆笑してしまいつつ,お財布に大切にしまって,今後の諸々の安泰と進展を願っておくこととする.

なぜ「氷川神社」は東京近郊に多いのか?

渋谷氷川神社は,とても素敵な神社であった.しかし,よく考えてみると,母校の通学路の途中にも「氷川神社」があったし,東京近郊の観光地を歩いていると「氷川神社」という文字を頻繁に見かける.

おそらく,皆さんの地元にも「氷川神社」という名前の神社はなかっただろうか?ちょっと調べてみると,東京近郊に「氷川神社」と名のつく神社は,200社以上あるそうだ.しかも東京と埼玉,昔でいう武蔵国に偏って多いという.

 

さて,枕にしては長話が過ぎてしまったが,一体なぜ,「氷川神社」は,東京近郊,それも東京と埼玉に多いのか? この謎を解く鍵は,埼玉の玄関口にもなっている「大宮」,何気無く口ずさむ大都会埼玉のあの街にあったのである^^

(後編に続く)

*1:一応資格は人並み以上に取っているのだが,資格試験の攻略記事?の需要があるらしいので,追って気が向いた時に書いてみる.ただ僕にあった勉強法が他の人に合うとは限らないから,どう書くのが後世に役立つのか,と悩ましいところ.

*2:本当かは知らないが自分はそう覚えている

寸評:東大現代文 平成30年度・野家啓一『歴史を哲学する』

*この記事は,東大現代文の点数を手っ取り早くあげたい方が来るところではないので悪しからず。やることがなく暇を持て余した受験生や,課題に飽きた大学生のための暇潰し程度の記事です。

はじめに

先日,偶然に東大の過去問を見てみたら,昨年の出題が野家啓一先生の著作で驚いたことを記憶している。ちょうど年末に同じ野家先生の『物語の哲学』(岩波現代文庫*1を拝読したので,文章自体も非常に身近に感じた。

東大のwebページ(https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/admissions/undergraduate/e01_01_18.html)をちょっと覗いてみると,「高等学校段階までの学習で身につけてほしいこと」として,こう書かれている。

国語の入試問題は,「自国の歴史や文化に深い理解を示す」人材の育成という東京大学の教育理念に基づいて,高等学校までに培った国語の総合力を測ることを目的とし,文系・理系を問わず,現代文・古文・漢文という三分野すべてから出題されます。

(中略)

学生が高等学校までの学習によって習得したものを基盤にしつつ,それに留まらず,自己の体験総体を媒介に考えることを求めているからです。本学に入学しようとする皆さんは,総合的な国語力を養うよう心掛けてください。

東大Webページ「高等学校段階までの学習で身につけてほしいこと」国語

なるほど,「自己の体験総体を媒介に考える」とは,まさにここ最近の生活の「体験総体」として文章を解釈することが許されているようだ。そんな訳で東大の過去問の解釈を書いてみる*2。記事を増やしていくつもりだが,恐らく一つ一つそこそこ重いので,回を分けて書いていきたい。

 

平成30年度入試(野家啓一『歴史を哲学するー七日間の集中講義』*3

テーマ自体は,歴史哲学・物語論だが,著者の野家啓一氏が理系出身で科学哲学者というのもあり,著作の中の例示にその片鱗を見ることができる。以下,いくつかの章題をつけて,解釈を試みたいと思う。

物語り行為と歴史

余りに単純で身も蓋もない話ですが,過去は知覚的に見ることも,聞くことも,触ることもできず,ただ想起することができるだけです。その体験的過去における「想起」に当たるものが,歴史的過去においては「物語り行為」であるというのが僕の主張にほかなりません。

1185年 守護・地頭の設置,1192年 鎌倉幕府の成立...。歴史の教科書には,さもその現場を見てきたように書かれている。歴史小説大河ドラマにも戦国武将や明治維新の志士たちが活き活きと描かれている。しかし,これら教科書や小説・ドラマを描いている人間は誰一人としてその戦の現場,明治維新のその時を見た者はいない。一体,なぜそのドラマを,史実を描けるのか?あるいは,そもそも歴史は,所詮誰かが見たように書いているだけの,フィクションに過ぎないのではないか?こんな問いかけに始まっている。

歴史を記述するには,解釈が生み出す「物語り」行為が必要となる*4。ちょうど「鎌倉幕府の成立」を巡って解釈が割れた話を思い出して取り上げたが,「物語り」行為において,中立的な神の視点からの観察は不可能である。なぜなら,歴史家本人もまた歴史の中に存在しており,歴史学の流れの中に存在しているから。E. H. カーは『歴史とは何か』の中で,「歴史は現在と過去との対話である」という印象的なフレーズを残しているが,まさに過去との対話なしに,物語りとしての歴史は存在し得ない。

さらに歩みを進めるならば,例えば,昨日こだわりやで唐揚げとチキン南蛮のハーフアンドハーフ*5を食べただとか,先週末どこに行ったかだとか,そう行った自身の体験自体も,今の自分が「なま」の状態で眼前に出すことはできない。野家は,前者の「史料や発掘から明らかになった歴史的出来事」を歴史的過去とし,後者の「自身が体験した過去の出来事」を体験的過去としている。

 

理論的「探究」の手続きの重要性:仮説演繹法と科学理論

以上の話から,物理学に見られるような理論的「探究」の手続きが,「物理的事実」のみならず「歴史的事実」を確定するためにも不可欠であることにお気づきになったと思います。

歴史的過去も,体験的過去も,必然的に解釈の過程が存在する。これは,完璧に中立的ではありえない。 個々人の思想や価値観による部分もあるし,経験に依存する部分もあるだろう。「パラダイム」論がいうような,学者の合意形成によって成立する部分もあるかもしれない。

この「解釈」の不可避性は,学問の広範な領域に空気のよう漂っている。学問はそれとどう向き合うかを考える必要がある。その中で,科学技術研究の中では,理論的探究の方法論が確立していった。のちに,社会科学・人文科学にもそれを応用する形で広がって行ったようである。その一部を私の理解している範囲で書いてみよう。

科学理論の存立に一役買うのは「仮説演繹法と呼ばれるプロセスである。ある科学的な現象をみつけたら,そこから仮説を生み出し,それに基づき,ある科学理論を作る。その科学理論は(理論が適用範囲とする)別の現象を正しく予言できるかテストされる。大まかにこんな流れで学問が構築されていく。

例を挙げてみよう。私の今の専攻は典型例としては出しづらいので,学部時代の物性物理学,特に超伝導を例にとろう。

超伝導分野の研究は,1911年,H. K. Onnesが発見した。水銀の電気抵抗を温度を下げながら測っていった際,あるところ(4.2 K)で突然ゼロになる*6不可思議な現象が起こったのである。

さて,ここから科学的方法に則るとどのように動くのだろうか。まず,この不可思議な現象に対して,既存の理論から様々な仮説が立てられる。

  1. そもそもOnnesの測定方法が誤りだったのではないか。同じ物質を別の研究者がやれば,その値は変わるのではないか。
  2. 別の物質ではどうなのか?水銀に特有の性質なのか?
  3. 物性物理学の既存理論(電子が電気伝導を担い,電気抵抗率は絶対零度ではゼロになる)によって説明がつくか?

といった問いが生まれる。この問いに付随して,様々な仮説が生まれ,これらが検証されるプロセス(再現性の確認)が入る。次いで,それらの仮説の中から,新しい科学理論が生まれてくる。超伝導の理論は,London方程式に始まり,GL理論,BCS理論と時代を下るごとに新たな理論が提案されてきた*7。そして,これらの理論はテスト(検証)され,現象の説明がどこまで可能かについてが検証される。もし,テストに合格しない(反証された)場合は,その理論の「枠」の外側に説明できない現象が存在するかもしれないということで,新たな理論や既存の理論の修正が求められる。

概略ではあるが,こんなプロセスを繰り返すことによって,科学は「限りなく中立で客観的で,なおかつ謙虚な理論体系」として飛躍的な発展を遂げてきた*8

また,歴史学においては史料批判や年代測定など一連の理論的手続きが要求されることもご存知の通りです。その意味で,歴史的事実を一種の「理論的存在」として特徴付けることは,抵抗感はあるでしょうが,それほど乱暴な議論ではありません。

本文では,「歴史的事実」の確定もまた,史料分析や年代測定によってなされる点で科学的なプロセスと類似をみており,その結果生じた「歴史的事実」は,ある種の「理論的存在」になることが述べられている。さらに,日付変更線や赤道といった例の「実在」も,天文学や地理学の理論によって成立する「理論的存在」ということを指摘している。

この「素粒子」と「フランス革命」と「赤道」の3つを挙げて「理論的存在」というキーワードで結びつけてしまうのが,著者の広範な教養と思考のなせる技であり,初めて読んだときは,「いや,それ確かに言われてみればそうだろうな〜。自分でその例を出せといわれたら無理だけど。」という尊敬の念に堪えなかった。

 

「神の視点」が不在である中での,「物語り」行為の意味

...すなわち「物語り」のネットワークに支えられています。このネットワークから独立に「前九年の役」を同定することはできません。それは物語りを超越した理想的年代記作者,すなわち「神の視点」を要請することにほかならないからです。...つまり「前九年の役」という歴史的出来事はいわば「物語り負荷的」な存在なのであり,その存在性格は認識論的にみれば,素粒子や赤道などの「理論的存在」と異なるところはありません。

野家が「物語り」と「物語」を区別している一つは,この文章に現れている。つまり,歴史的事実は,歴史書や史料が「物語る」ことあるいは平家物語のような琵琶法師の「物語る」行為そのもの*9が存在することによって成立し,全てを鳥瞰し書き留めるような「神の視点」は存在しないけれども,そのネットワークに支えられる形で一つの歴史的事実が存在している。誰もが好きな「物語」を語っているのが歴史学ではなく,物語り行為を通じて,それを支えにして度重なる検証や考証の末に,歴史的事実が紡がれていく,そんな歴史学のあり方を示している。何より,「物語り負荷的」の「負荷」という単語の選択に,筆者の妙を感じる。

最初の問いに答えるならば,史料や歴史書が「物語る」ネットワークに支えられて歴史的事実が「理論的存在」としての地位を確保できる,その点でフィクションとしての歴史と一線を画す,というのが,筆者の論の骨子であろう。

 

私自身,科学コミュニケーションをはじめとした対話デザインを手がける機会が多いため,コミュニケーションにおける解釈の問題とその中で理論的存在や科学理論などをどう扱っていくかは積年の課題である。今は,コミュニケーションの中の表現の部分に興味を持って小説を片手間に読み漁ったり書いたりしているが,ナラティブ・アプローチ(物語り論)にも注目していきたいように思う。

*1:https://www.amazon.co.jp/dp/4006001398

*2:なお「解説」でなく「解釈」なので,傍線部への解答を示すことは特段しないし,私見や私なりの理解が多分に入ることをお許しいただきたい。いくつか本を紹介するはずなので,ぜひご自身で生の情報に触れてほしいと思う。また,入試問題は東大公式のリンクを貼っているが,恐らく時が経つと消えていくので,某ハイスクールや赤本・書籍自体などを参照していただきたい。

*3:https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400081295.pdf , https://www.amazon.co.jp/dp/4006003420

*4:ここで「物語り」と動詞の形で使っている点に注目したい。野家は,「物語(story)」としての完成物ではなく,「物語る(narrative)」行為そのものを哲学しようと試みている。歴史哲学 - Wikipedia

*5:本郷近くのお店で,ワインが美味しいし,鶏料理も美味しいので大変オススメである

*6:「これは超伝導体である」と主張する論文を見ると,大抵の場合,この「突然ゼロになる」グラフが出されている。

*7:こう書いたものの,今ホットな分野の一つは,むしろそのBCSの壁を破ったYBCOや鉄系の高温超伝導体の研究,重い電子系など,既存の理論で説明しきれない現象が数多く報告され,また理論と検証を組み立てている段階のよう。最近1年,あまり動向を追ってないので現在進行形で物性物理の専門の方に聞いた方が良いと思いますが。

*8:ただ,生物学の分野など再現性が取りづらい分野もあると聞くし,最先端の研究だと,それこそ素粒子をぶつけてごく稀に信号が取れる,というような事項もあるので,一概には言えないだろうが。

*9:『物語の哲学』では,柳田國男の口承伝達,民間伝承に注目した一場面があったことを思い出す