晴耕雨読でPhilosphiaなスローライフを目指して

日々を,感じ考えるままに書き留めてみる。一部noteに移動しています

備忘録:なぜ「氷川神社」は東京近郊に多いのか?(前編)

はじめに

2ヶ月ぶりの更新.3月4月と慌ただしく色々こなしていたら書く暇がなかった,というよりも,最初の方の記事を重くしすぎたせいでハードルを上げてしまっていたのが大きい気がする.流石に1記事が1万字程度になるのは,趣味程度の書き物の丈に合わない.

なので,雑感としてTwitterなどで呟ききれないけれど掘り下げたい話題だとか,日々面白いと思った話題を取り上げれば,世の中のニッチな物好きがだんだん集まってくれないかという,密かな期待を持って,テイストを軽めにしつつ?書き留めてみる.

渋谷氷川神社を訪ねて

先日,応用情報技術者試験*1國學院大学の渋谷キャンパスを来訪したついでに,氷川神社という近くの神社にお参りに行った.

f:id:yuuki-philosophia:20190423001020j:plain 神社庁のホームページ(http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/shibuya/3272/)によれば,境内が4000坪あるらしく,渋谷の一等地に4000坪持ってるのすごすぎでは,という心持ちはさておき,寺社仏閣の建築は,流石に美しいのと,何より神社の境内ののどかな雰囲気が好きなので,近くに神社か川があると吸い寄せられるのだが,例に漏れずこの神社も,アットホームで人も少なく,午前と午後の試験の合間に気分転換に来るには最高の環境だった.

そういえば,ここで手水・参拝の作法をまとめてみよう.知ってるとちょっと得した気分になる上,友達に説明したりして,コミュ障の僕でも会話が弾む()ので,一石三鳥くらいの知識である.何より,このブログをわざわざ読んでくださってる方へのせめてものお役立ち情報ということで. 

手水の作法

手水(ちょうず)は,「左→右→左ですくって口→左→柄杓の柄」で覚えると良い.

  1. 右手で柄杓を持って,左手を洗う
  2. 左手に柄杓を持ち替えて,右手を洗う
  3. 右手に再度持ち替えて,左手に水を受け,受けた水で口をすすぐ.柄杓から直接口を洗うのではない(純粋に不衛生)ので注意.
  4. 左手が,口すすぎの過程で汚れてしまったので?*2,再度左手を洗う.
  5. 最後に残った水で柄杓の柄を洗う.左手を洗ったところで水を流してしまう人がいるが,最後に柄を洗って戻すのが,マナーでもあるしお作法に含まれる.

と,ざっとこんな感じである.大きな神社だと大抵書いてあることが多いのだが,町の小さな神社の手水舎だと書いていないことが多いので,「左→右→左ですくって口→左→柄杓の柄」を覚えておくと,京都に行った時やお参り日和の際に便利であろう.

 

参拝の作法

神社と仏閣で大きく違うことに注意しよう.結論から言えば,神社は手を叩くが,寺院・仏閣では手を叩かない.

これは,「お参りの対象がどういう立ち位置か?」を紐解けば,自ずと理解できる.

まず神社.神社は,その土地に根ざした神様にお参りする.神様には,「私はここにいますよ〜!」とアピールが必要なのである.神社に行くと,紐を垂らした鈴,本坪鈴(ほんつぼすず)がつけてある場所もあり,これもアピールに使って良いのである.手を打ち鳴らすのを「柏手(かしわで)を打つ」というが,この柏手を打ったり,本坪鈴を鳴らしたりすることで,神様を自分(参拝者)のもとに引き寄せるところから参拝が始まる.また,本坪鈴の名前を教えてくれたサイト(https://syukatsulabo.jp/article/8753)によれば,穢れを祓う効果も謳われている.

一方で,寺院・仏閣では手を叩く必要がない.手を叩かずに,その場で「合掌」する.これは,神様と違って目の前にすでに仏様が目の前にいるので,合掌するだけで十分なのである.

ただ,お寺さん(http://kouboudaishi.main.jp/%E3%80%90%E5%B7%A1%E7%A4%BC%E3%81%AE%E3%81%97%E3%81%8B%E3%81%9F%E3%80%91%E5%AF%BA%E9%99%A2%E3%81%A7%E6%89%8B%E3%82%92%E5%8F%A9%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%AF%E5%A4%89%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B%EF%BC%9F/)によれば,古来は「手を叩く=喜びの象徴」でもあったらしく,NGではないらしい.なかなか難しいものだ...

さて,翻って神社に限ってお参りの作法を書くならば,ご存知の方も多いだろう「二礼・二拍手・一礼」である.二拍手をした後,お祈りをするが,ここで

「払え給い 清め給え 神(かむ)ながら 守り給い 幸い給え」

というごく短いご挨拶,祝詞(のりと)を唱えても良いだろう.親切な神社だとお賽銭箱の後ろにこれが書いてあったりもするが,これは神社にお参りするときのご挨拶とお願いの定型句,という理解で良いと思う.

なお,神社chなるサイト(https://zinja-omairi.com/nirei/)があって,ここによればこの習慣ができたのは戦後のGHQ占領下の中で,神道が一宗教に格下げされる過程で生じた習慣らしい.意外と歴史が新しいものだと知って,ちょっと驚きである.

むしろそれまでは,お参り作法が自由だったというから,むしろルールを作った方が「宗教度合い」が高まるが,そのルールを作ることを通して,生活と密着した信念から,世俗と分離した「一宗教」にしようとした,という戦略は,少しばかり意外性があって面白い.

 

さて,どちらが本題かよくわからなくなったが,余談はそれくらいに.お作法に倣って,と言っても冒頭の二礼を忘れて神様を慌てて呼んでしまったので偉そうに書く筋ではないのだが,無事参拝を終えたのち,今年初のおみくじを引いてみた.

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久々の大吉を引き,テンションが上がったのであるが,この大吉,よくよく読んでみると...

願事:叶い難いようですが半ばより案外安く叶う

失物:出ず 遅ければなし

いやいや,お前大吉なくせに願い事叶わないのかよ,失くし物でてこないのかよ,とよく見ると爆笑してしまいつつ,お財布に大切にしまって,今後の諸々の安泰と進展を願っておくこととする.

なぜ「氷川神社」は東京近郊に多いのか?

渋谷氷川神社は,とても素敵な神社であった.しかし,よく考えてみると,母校の通学路の途中にも「氷川神社」があったし,東京近郊の観光地を歩いていると「氷川神社」という文字を頻繁に見かける.

おそらく,皆さんの地元にも「氷川神社」という名前の神社はなかっただろうか?ちょっと調べてみると,東京近郊に「氷川神社」と名のつく神社は,200社以上あるそうだ.しかも東京と埼玉,昔でいう武蔵国に偏って多いという.

 

さて,枕にしては長話が過ぎてしまったが,一体なぜ,「氷川神社」は,東京近郊,それも東京と埼玉に多いのか? この謎を解く鍵は,埼玉の玄関口にもなっている「大宮」,何気無く口ずさむ大都会埼玉のあの街にあったのである^^

(後編に続く)

*1:一応資格は人並み以上に取っているのだが,資格試験の攻略記事?の需要があるらしいので,追って気が向いた時に書いてみる.ただ僕にあった勉強法が他の人に合うとは限らないから,どう書くのが後世に役立つのか,と悩ましいところ.

*2:本当かは知らないが自分はそう覚えている